客室

写真提供:神宮司庁

神秘の杜 伊勢逍遥

伊勢神宮の中心は皇大神宮(こうたいじんぐう)と
豊受大神宮(とようけだいじんぐう)です。
一般に皇大神宮を内宮(ないくう)と呼び、
豊受大神宮を外宮(げくう)と呼びます。
内宮は天照大御神(あまてらすおおみかみ)、
外宮は豊受大御神(とようけのおおみかみ)を
お祀りしています。

写真提供:神宮司庁

御正宮 写真提供:神宮司庁

御正宮

祭神は天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)。
唯一神明造(ゆいいつしんめいづくり)と名付けられる建築様式のご正殿をはじめ付属の殿舎ならびに御垣は、20年に1度、式年遷宮の大祭を行って建て替えられてきました。

風日祈宮 写真提供:神宮司庁

風日祈宮

風雨を司る神、級長津彦命、級長戸辺命をお祭りしています。雨風は農作物に大きな影響を与えますので、伊勢神宮では古より正宮に準じてお祭りしています。5月14日と8月4日の年2度このお宮の名にちなむ「風日祈祭」が内宮や外宮で執り行われます。

宇治橋

宇治橋

内宮への入り口、五十鈴川にかかる宇治橋は、日常の世界から神聖な世界へのかけ橋と言われています。全長101.8m、巾8.421mで欄干の上に16基の擬宝珠を据えた純日本風反り橋で檜で作られていますが、橋脚の部分は欅を使用しています。

御手洗場 写真提供:神宮司庁

御手洗場

内宮参道の右手のゆるやかな斜面を下りていくと、五十鈴川岸の御手洗場にでます。神域の西側を流れる五十鈴川は別名「御裳濯(みもすそ)川」と呼ばれ、倭姫命(やまとひめのみこと)が御裳のすその汚れを濯がれたことから名付けられたという伝説があります。

写真提供:神宮司庁

御正宮

御正宮

祭神は豊受大御神。唯一神明造(ゆいいつしんめいづくり)と言われる、建築様式のご正殿はほぼ内宮の正宮と規模やつくりはかわりませんが、鰹木が内宮より1本少なく、千木が外削(先端が垂直に切られている)になってます。

外宮神楽殿

外宮神楽殿

第二鳥居の向こう、右側にある入母屋造の建物が「外宮神楽殿」。「御神札授与所」もあり、参拝者のお申し出により御神楽などの御祈祷を取り扱っています。外宮参拝記念の御朱印は神楽殿にていただけます。

土宮(つちのみや) 写真提供:神宮司庁

土宮(つちのみや)

豊受大神宮の大前の御池の向かいに広がる深い杉木立の中、大土乃御祖神をおまつりする土宮がご鎮座しています。他の別宮が全て南面するのに対して土宮だけが東面しています。

風宮(かぜのみや) 写真提供:神宮司庁

風宮(かぜのみや)

祭神は級長津彦命(しなつひこのみこと)と級長戸辺命(しなとべのみこと)。外宮正宮南方の檜尾山の麓に位置する別宮です。古くは風社(かぜのやしろ、風神社とも)であったが、1281年(弘安4年)の元寇の時に神風を起こし日本を守ったとして別宮に昇格しました。

神社125社めぐり 写真提供:神宮司庁

神の庭を訪ねて

お伊勢さん、と親しく呼ばれる伊勢神宮の正式名称は「神宮」。

天照大御神をお祭りする皇大神宮(内宮)と、豊受大御神をお祭りする豊受大神宮(外宮)の両正宮のほかに、十四の別宮、四十三の摂社、二十四の末社、四十二の所管社があり、合計百二十五もの社からなる宮社の集合体である。

広く伊勢には土や風、そして水をはじめとする多くの自然力が、神として祭られ、人の思考を超越した自然の神秘のなかに存在している。 清浄であり素でもあるこの国のはじまりの姿、形の記憶が明確に息づいているのだ。

気、と言えばいいのだろうか。大きな磁力に包まれているように佇んでいると、古代の人々と自分が、どこか記憶のなかに繋がっているような気さえしてくる。
身体の中に棲む遺伝子がそれを伝えてくれるのだろうか。 「なにごとのおわしまかすかは知らねどもかたじけなさに涙こぼるる」と歌った西行の歌にあるように、言葉や理屈を以ってではなく、素直に 心の底に鎮まるおおらかさを覚える。

外宮、内宮をはじめ伊勢に点在する別宮や摂社末社を訪れるとき、その静謐な神域にすべての「もの」や「こと」を超越した「素」の世界を知る瞬間がある。
その時人々は、この国の成り立ち、思考の根源を想い、神との対話に気づきはじめるのではないだろうか。
それはあなた自身の神様との出会いのときかもしれない。

著者/桃屋乗平(もものやじょうへい)
本名松山泰久 1979年創刊の三重のタウン情報誌「月刊Simple」発行人。
第62回式年遷宮に関する官民で構成する「御遷宮対策事務局」プロデューサー。筆名は写真家浅井槇平氏が名付け親。
企画・制作・発行/伊勢かぐらばリゾート千の杜

御坂手国生神社正宮

・祭神・千依比賣命 千依比古命命
・度会郡玉城町原字森前

朽羅神社くちらじんじゃ〈内宮摂社〉

薫風、新緑、青い空。麦の穂が色づき、早苗が風に揺れている。命の糧を育む田畑に囲まれた朽羅神社の社がまるで浮かんでいるように見える。優しい、実に優しい光景だ。

祭神はこの地の田や野を守る農耕の神様。「くちら」というのは籠もるという意味を持つ言葉。まさに神が籠もる社だ。

古から人々は豊かな稔りを願い苗を植え、田草を取り、日々の生育を眺めながら恵みの雨を祈り、強風の来ぬことをこの社に祈ったのだろう。 そして秋の稔りに感謝を込めて初穂を神に奉り豊作の祭りによったはずだ。

年々歳々繰り返されるその営みは、遥かに遠い昔から知恵と知恵とが重ねられ、今につながる。 日毎当たり前のように口にする三度の食事。「いただきます」「ごちそうさまでした」の一言は、 神と農漁に携わる人々への感謝。忘れまい・・・。強く心に留めて神の前に頭を垂れる。

津布良神社つぶらじんじゃ〈内宮末社〉

灌漑池を左手に見て高台への細い道を落ち葉を踏みながら登る。宮の周りを巡るように歩を進めるとやがて参道の入り口。
津布良さんへお参りするのは久しぶりだ。

ところが荒削りの石段を登って私は愕然とした。あの美しい苔に覆われていた参道が踏み荒らされて見る影もない。

昨今、伊勢の神宮の百二十五社巡りと銘打って、参拝というよりも案内役のついた団体の見学旅が行われていることは知っていたが、 一度にたくさんの人々が宮域に入ることで知らず知らずのあいだに痛々しい状態になってしまったのだろうか。 だが、それはあくまでも推測の域。

誰もいない宮に佇み、神に参ることの意義を問うてみる。何故神に参るのか。それは人それぞれだろうが、私は神の御前に身をおいて自らを律するとともに 「生かされている」ことへの感謝を捧げるため、と答えたい。人並み以上に我欲はある。なりたいと思う明日の自分像も持っている。しかし、そのために 道を踏み間違えてはならないのだ。

我が人生の師と仰ぐ浅井愼平は、目指す人間の存在の深さ、人生のありようを「誇りある意気地と微かに匂う色気。どうにもならない宿命や世間に微笑む諦めと、 青空に触れようとまっすぐに立つ品格。そして風に吹かれて振り向かずに佇む哀愁をもっているかだ」 と語った。無理だと知っていても、その言葉を私は私に問いかけながら生きてゆきたい。

宮域の隅を小枝を拾って掃いてみた。現れた柔らかな緑の苔に微笑みながら社をあとにする・・・。

坂手国生神社さかてくなりじんじゃ〈内宮摂社〉

雨の日に参る清々しさは、格別なものがある。静かに、時に厳しく降る雨音を聴きながら歩く 参道は、木々の香りが漂い私の心を浄化してくれるかのようだ。

坂手国生神社を訪れた日も雨だった。緩やかな石段がつづく参道は雨を受けて優しい光を私に見せてくれている。

東に牛尾崎池という大きな灌漑用水をもつ小山の上に鎮座する坂手国生神社。祭神の 高水上命は、その名の通り灌漑を守る水の神で、倭姫命がお定めになったと伝えられる。

今も昔も、命の根である稲を育むための水の大切さは言うまでもないが、それを神と崇めた先人の心根を思い、 降る雨に傘を閉じて暫く濡れてみる。掌で弾む雨に私は呟く、有難うと。そして大いなる稔りを祈るのだ。

式年遷宮とは

20年に1度、神殿を建て替えて、神様に新しいお宮へお遷りいただく神宮最大のお祭りで、約1300年前から続けられてきました。技と心の伝承を繰り返すことで時代をつなげる伝統と再生の物語といえます。

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